
石川県について4つにカテゴリーを分けて歴史紹介しちゃいますっ
石川県の古くは越前国の領域に含まれていましたが、718年に羽咋、能登、鳳至、珠洲の4郡を割いて能登国が立てられました。
能登国は741年越中国に併合され、この頃、大伴家持が越中国守に赴任しました。
応仁の乱の頃、浄土真宗が加賀に進出し、やがて農民らによる一向一揆が守護の冨樫氏を破りました。そして武士の支配を脱却した統治が約100年にわたって行ました。これが加賀地方が百姓の持ちたる国と呼ばれた所以となりました。
関ヶ原の戦いで家康についた利家の息子の利長は越中の全域も含め、約120万石を領する大名となりました。
前田家は産業・工芸に力を入れ、城下町金沢は江戸末期には人口で日本4位の都市へと発展しました。
明治維新の後、廃藩置県で1871年7月14日に金沢県と大聖寺県が成立しました。
同年11月20日に金沢県と大聖寺県を廃止して、旧金沢県より射水郡以外の越中国の3郡を分けて新川県を設置し、能登地方と越中国射水郡に七尾県を加賀地方に金沢県を置きました。
かなりざっくり石川県の歴史に関して調べましたが、大まかな流れが分かりました。